「避難上有効」って、誰がどう決めるんですか。

建築基準法

シリーズ「そうちゃうかな、知らんけど」~建築基準法の曖昧な文言と、地域差のカラクリ~

はじめに

先日、こんな相談を受けました。

「共同住宅の設計で、特定行政庁から『避難上有効なバルコニーを設けてください』と言われました。ところが建築基準法の条文を読んでも、バルコニーの寸法も構造も書いていません。何を根拠に設計すればいいのでしょうか。そもそも『避難上有効』かどうかは、誰が、どうやって決めているのですか」

もっともな疑問です。そして、この疑問は建築基準法という法律の奥にある、ある構造的な問題に触れています。今回はこの「〜上有効な」という文言をめぐって、少し踏み込んだ話をします。

「〜上有効な」は法文のあちこちに散らばっている

まず気づいていただきたいのは、「〜上有効な」という表現が、建築基準法や施行令のあちこちに登場するということです。

避難上有効なバルコニー、防火上有効な公園・広場・空地、採光上有効な開口部、延焼防止上有効な空地、構造耐力上有効な緊結——挙げていくときりがありません。

これらに共通しているのは、「〜上有効な」とだけ書かれていて、何をもって「有効」とするのか、その基準そのものが条文には書かれていないという点です。

冒頭の相談にあった避難上有効なバルコニーも同じです。施行令には「避難上有効なバルコニー」という言葉は出てきますが、その寸法や構造を定めた規定は、条文の中にありません。

「有効」の中身は、条文の外で決まっている

では設計者や行政は、何を根拠に「有効かどうか」を判断しているのか。

実は「有効」の中身は、条文の外側にある複数の文書によって、多層的に補われています。整理するとこうなります。

まず国が定める告示があります。これは法令の委任に基づくもので、法規としての効力を持ちます。次に、国から地方公共団体への技術的助言があります。これは助言であって、法的な拘束力はありません。さらに、特定行政庁がそれぞれ定める取扱い基準があります。これは行政内部の基準であり、原則として外部に対する法的拘束力を持つものではありません。そして最後に、民間の解説書があります。避難上有効なバルコニーの構造が、実務上いわゆる「建築物の防火避難規定の解説」を参照して運用されているのは、多くの実務者がご存じの通りです。

ここで立ち止まって考えてみてください。避難上有効なバルコニーの寸法という、建築主の財産に関わる事柄が、最終的には法的拘束力を持たない民間の解説書に事実上依拠して運用されている。法律の建て付けとしては、なかなか奇妙な状態です。

「避難上有効」かどうかは、場所によって判断が分かれる

こうした多層構造の帰結として、「避難上有効」の中身は役所などで定められ、その内容が微妙に、ときに大きく異なります。

同じ避難上有効なバルコニーでも、求められる寸法や構造の要件がA市とB市で違う。同じ計画をA市に持ち込めば通り、B市では追加を求められる。実務ではよくある光景です。

「同じ法律なのに、なぜ場所によって結論が変わるのか」——冒頭の相談者が抱いた違和感は、まさにここにあります。

判断が分かれる理由には、2種類ある

ここが今回の記事の核心です。

「場所によって基準が違う」と聞くと、それ自体がおかしいと感じるかもしれません。しかし建築基準法において、地域差そのものは決して例外ではありません。むしろ法律が積極的に予定しているものです。

制度化による理由

たとえば積雪の多い地域では、建築物に求められる構造の基準が厳しくなります。風の強い地域では、風圧力に対する基準が変わります。地方公共団体は条例で、その地域の実情に応じて制限を付加することもできます。

これらはすべて、法律・政令・条例・規則・告示という法規の形式で明示された地域差です。雪の重みや風の強さは地域によって現実に異なるのですから、それに応じて基準が変わるのは合理的です。これはむしろ、地域ごとに異なる「正解」に、それぞれ正しく対応している状態だといえます。気候・風土を踏まえて判断するという建築基準法の設計思想が、正しく機能している場面です。

運用上の理由

一方で、「避難上有効なバルコニー」の寸法や構造が地域や役所によって違うのは、これとは少し性質が異なるように思います。

その正体は、多くの場合、役所が持っている取扱い基準等にあります。そしてそれら基準等は、多くの場合、過去からの前例を踏まえ独自に運用されています。同じ計画でも、A市の内規とB市の内規が異なれば、求められる要件も変わる。これが地域によって結論が分かれる実質的な理由です。

ここで少し立ち止まって考えたいことがあります。こうした地域差について、「地域の実情を踏まえて」といった説明がなされることがあります。しかし避難の安全性というものが、市の境界線を越えた瞬間に変わる合理的な理由があるでしょうか。積雪や風とは違い、「避難上有効であること」と地域の気候・風土との間に、実質的な関連性を見出すのは難しい場合があります。

つまりこの地域差は、気候・風土という地域の実情から導かれたものというより、役所がそれぞれ持つ基準等の違いが、前例踏襲によって固定化した結果として生じている、と見るほうが実態に近いのではないでしょうか。

役所の基準に基づく判断の、どこが難しいのか

念のため申し上げると、役所が取扱い基準等を持つこと自体は、悪いことではありません。むしろ判断のばらつきを抑え、審査の予測可能性を高めるという意味では、必要な仕組みでもあります。

難しいのは、次の2点です。

ひとつは、その基準の所在が、設計者にとってわかりにくいことがある点です。何を根拠に求められているのかがつかめないまま、対応を進めることになる場面があります。

もうひとつは、公表されていない内規に基づく場合です。この内規に基づいて判断され、前例踏襲で画一的に行われると、目の前の計画が本当に「避難上有効」といえるかという実質的な議論が、後ろに退いてしまうことです。本来問われるべきは「この計画が避難の安全を確保できているか」であって、「内規の数値に合致しているか」はその手段にすぎません。しかし運用上は、後者が前者を飛び越えて基準になってしまうことがあります。

そして、この内規に基づく地域差を「地域の気候・風土によるもの」と説明することには、やはり無理があるように思います。内規は、その役所の過去の判断の積み重ねであって、気候・風土そのものと実質的な関連性を有しない場合があるからです。

では、設計者はどうすればいいのか

こうした構造を踏まえた上で、実務者として現実的にできることがあります。

まず、目の前の基準が【制度化された地域差】なのか、【運用上の地域差】なのかを見極めることです。条例や規則、告示という法規の形式で定められたものであれば、それは当然に従うべき基準です。一方、役所の取扱い基準や解説書に基づくものであれば、それは法的拘束力を持つ法規ではなく、行政内部の運用基準であるという性質を理解しておく必要があります。

その上で、計画の早い段階で審査機関や役所に事前相談し、求められている基準の根拠を丁寧に確認することです。「どの文書のどの部分に基づく要件なのか」を確認するだけでも、対話の質は変わります。

念のため申し添えると、これは行政と事を構えることを勧めるものではありません。取扱い基準には、行政が合理的理由なく個別事案で異なる扱いをすれば平等原則に反するという意味で、設計者を守る安全地帯としての側面もあります。基準を理解することは、争うためではなく、根拠を踏まえた建設的な対話をするためです。

まとめ

今回のポイントを整理します。

建築基準法には「〜上有効な」という文言が数多く登場しますが、その「有効」の中身は条文の外側の告示・助言・取扱い・解説書によって多層的に補われています。そのため地域や担当者によって判断が分かれます。

ただし地域差には2種類あります。積雪や風のように気候・風土に根ざした制度化された地域差は正当なものです。一方、避難上有効なバルコニーのように、役所の取扱い基準や内規の違いが前例踏襲によって固定化した、運用上の地域差もあります。後者を「地域の実情」で説明することには、やや無理があるように思います。

大切なのは、目の前の基準がどちらの性質のものかを見極め、その根拠を丁寧に確認することです。設計者が単独でこうした判断を行い、行政と対話するのは簡単ではありません。だからこそ、法的な性質を正しく踏まえた上で行政との橋渡しをする専門家の存在が意味を持つのだと、私たちは考えています。

建築基準法の解釈や特定行政庁との事前相談について、お困りのことがあればお気軽にご相談ください。行政と設計者のあいだに立ち、根拠を踏まえた対話を支援します。https://www.imknot.co.jp/contact.html

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